[スマートテクノロジーフォーラム]
STF<2019>/「絹の素晴らしい構造と小口径絹人工血管の開発」

東京農工大学 名誉教授 朝倉哲郎

ご存じのように、絹は、振袖・イブニングドレスとして、優美、豪華、華麗といった表現がぴったりする“繊維の女王”です。一方、外科医の世界では、手術用縫合糸として、長年にわたり体内に埋め込まれて使われてきており、有力なバイオ素材としての一面も持っています。

蚕やクモは、体内(絹糸腺)に蓄えられた絹の水溶液から、常温・常圧の下、短時間のうちに極めて強く、かつ、タフな繊維を生産します。人類は、現在、このような究極のエコ技術によって、高強度でタフな繊維を製造はできていません。

では、蚕体内で絹はどのような構造をとって蓄えられているのでしょうか。その構造の解明に威力を発揮したのが、核磁気共鳴NMRです。実は、我が国で最初にNMR装置を開発したのは電気通信大学です。今日、NMRやMRIは、化学や医療の分野の発展に極めて大きな貢献を果たしてきていることを考えますと、その開発の意義は極めて大きいと言えます。この超電導NMR装置を用いて解明を進めますと、蚕体内で絹はβターン構造を繰り返し、分子内と分子間の水素結合を交互に形成して水に溶けていること、そして、蚕は、頭部を8の字にふりながら、水素結合を組み替える巧みな繊維化のプロセスを経て、繭を形成していく様子が明らかとなりました。

さて、今日の高齢化社会、生活習慣病の増加を反映して、再生医療を担う優れた材料の開発研究は極めて活発です。その中で、人工血管に着目しますと、内径9㎜以上の人工血管は、合成繊維で作製され、開存率(血管が閉塞しない割合)や耐久性はほぼ満足できる状況にあります。しかしながら、需要の高い冠動脈バイパスや下肢バイパスに用いられる内径6㎜未満の小口径人工血管は、これらの材料では高い頻度で血栓が生成され、現在、実質的に使用できる人工血管は市販されていません。そこで、蓄積してきた研究成果を背景に、絹でブレイクスルーを図ろうと研究を開始しました。その結果、小口径絹人工血管はラットに移植すると極めて高い開存率を示すとともに、驚いたことに、体内で徐々に分解、自身の血管に置き換わる“リモデリング”の現象が起こることがわかりました。さらに、より人工血管に適するようにアミノ酸配列を変えた“トランスジェニック絹”を、蚕に生産させることも可能となってきています。

今後、絹は、その特徴を生かして、新たなバイオ素材として、様々な分野で開発が進むと期待されます。