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趣味大賀 寿郎(1960 通信機械工学科入学)

掲載:2026年3月23日

【鉄オタ】

大賀寿郎(1964M卒)です。電通大鉄道研究会は1960年に創設されました。主唱者で初代の会長は望月氏(1963T卒)でした。部員は20人くらい集まりましたが、その後熱心に活動したのは菊地氏(1964M卒)、小生など数人でした。これら3人は卒業後も「電通大鉄研OB会」と名乗って活動を続けました。当時は蒸気機関車が全国で活躍していた最後の時代で、雑誌に記事を発表する、コンクールで覇を争うなど成果をあげていました。

写真1:模型蒸気機関車の展示運転(1961年5月の調布祭)調布祭での鉄研の活動の一環として、石炭を焚いて走る模型の蒸気機関車を借用して学内で展示運行した。渡辺氏が長い年月を費やして手作りした「フライングジロー」号(縮尺11.5分の1、軌間127ミリ)で、テレビ番組に出演するなど有名な作品だった。写真で運転しているのは渡辺氏、遠景のビルは旧D棟。

写真2:厳冬期の峠道を登る函館行急行「ていね」(1966年12月30日)北海道の函館本線は険しい峠越えの区間が続く。中でも小樽の南の稲穂峠は難所として知られ、多くの列車は貨物用機関車D51が牽いてゆっくり登っていたが、看板列車の札幌~函館間急行「ていね」だけは我国最大の旅客用蒸気機関車C62が2両で牽引して高速度で登攀した。厳冬のこの日も猛烈な吹雪の中、2両のC62は鉄研OB3人の眼前を轟音とともに信じられないスピードで通り過ぎた。

写真3:稲穂峠に登ってくる上り客車列車(1967年12月31日)高い場所から俯瞰して撮影するため、稲穂峠に連なる稲穂嶺に、冬山装備に身を固めてパーティを組んで登攀した。中腹から北方を見渡すとD51の牽く列車がゆっくリ登ってくる姿を長時間にわたり観察することができた。北海道では気温が低いため、木々に積もった雪が風で吹き飛ばされるので森は銀世界にはならない。この後2日をかけて稲穂嶺の頂上に登ってカメラを構えたが、吹雪の晴れ間と汽車の時間はついに一致しなかった。

写真4:下り急行「ていね」を牽いて夜の峠へ出発する2両のC62(1968年1月1日)冬の午後6時の北海道はもう真っ暗である。厳寒の中、札幌行急行を牽いて猛烈な轟音、排煙を残して倶知安駅を出発する2両の大型機関車の姿は勇壮かつ悲壮なもので、鉄研OB3人は息をつめて見送りながら撮影した。高感度フィルムを用いたが露光不足で、帰宅後現像処理に長時間を要した。

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