chofunetwork26-2
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23はじめに 昨今、マスメディアを賑わしているキーワードとして、「ビッグデータ」と「脳科学」が挙げられる。前者は、産業界を中心としてsensing, network communication, computing等の技術の進歩とともに、急速に現実社会での有用性を発揮しつつある。これに対して、後者は、デカルトの時代から多くの哲学者によって論じられてきた「脳と心の関係」について、未だにその問には答えてはいない。しかしながら、一方では脳の微細な構造や機能を知るための計測技術は日々進歩しており、一つの研究プロジェクトから得られるデータは正にビッグデータの様相を呈してきた。今後、「脳と心の関係」を解明するために脳科学が取り組まなければいけない重要な課題は、脳計測から得られるデータに対してビッグデータ解析技術の活用とその高度化を図ることである。脳の可視化肉眼で脳を眺めていても得られる情報は、大脳皮質にはシワがあるな、といった程度である。脳の一部を顕微鏡で覗いてみても、組織はほとんど透明で何も見えない。20世紀初頭に、ラモン・イ・カハールというスペインの神経学者は、脳切片をある種の色素で染めて顕微鏡で丹念に観察し、「脳は無数のニューロンと呼ばれる細胞からできていて、個々のニューロンは複雑に枝を出し、他のニューロンと接触してネットワークを形成している」ことをはじめて発見したのである。この色素で染色して可視化するという方法が、神経科学の基本的戦略であり、脳構造でも脳機能でも、見たいものがよく見えるような色素で染色してイメージング(可視化)することが研究の基本である。最先端脳計測技術として、走査型多光子顕微鏡によるニューロン活動のイメージングという手法がある。この方法は、自然界では滅多に起こり得ない複数の光子を同時吸収することによって、ある種の色素分子を基底状態から励起状態に叩き上げ、そこから脱励起するときに発する蛍光を観察するという方法である。滅多にビッグデータを活用した神経科学における研究電気通信大学 特任教授 脳科学ライフサポート研究センター 田中 繁起こらない多光子過程を利用するためには、レーザー光を絞って小さな領域に照射しその領域における光子密度を上げる必要がある。例えば、Ca2+と結合した色素分子の基底状態と励起状態のエネルギー準位差が、照射する光子の持つエネルギーの2倍であれば2光子過程によって放出される蛍光強度はCa2+の流入量を表していることになる。一般にCa2+流入量は電気的活動と正の相関があるので、光子密度の高い領域を脳組織のなかで高速に走査したときに放出される蛍光強度を計測すれば、多数のニューロン活動の時空間イメージングが可能になるのである(図参照)。しかしながら、多数のニューロンからの信号を時々刻々計測すれば膨大なデータ量になることは避けられない。新しい脳神経科学現代の脳神経科学では、脳のニューロン集団の時空間活動パターンが心を反映しているという仮定の下で研究がおこなわれている。したがって、心を知りたければ多くのニューロンの活動を同時計測することが必要になる。このことは、同時計測から得られるビッグデータをどのように扱っていくのかがカギを握っていることになる。これまで、脳神経科学は総合大学の医学部・生物学部や基礎医学に関わる研究機関スマートテクノロジーフォーラム(STF)2014

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