調布ネットワーク 25-2
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15本の名前も忘れました。もう70年近くなりますから。NHKが出していたラジオ、特に受信機についての技術を解説した本です。インターネットでわかるかなと調べてみました。ありました。日本放送協会技術局編「ラジオ技術教科書」昭和16年初版発行で18年の6版は2万部発行されたそうです。これに間違いありません。この本もその後、技術の進歩に合わせ、基礎編・応用編に分けられ、FM・PCM編なども出たようです。その本がどうして私の手元にあったのか、何版のものだったかわかりませんが、これを貪り見ていた(読むというより配線図などを見て覚えたというべきでしょう)のを忘れません。書かれていたのは、当時の受信機の主流である、並三の再生検波、並四などの配線図やその解説など、だったと思います。もちろん真空管式です。この本を旧制中学校3、4年の頃、授業時間に教科書と一緒に机の上に置いたり、下に隠したりして、先生の話はそっちのけで読みふけっていました。終戦は中学2年生の夏。あまり体力に自信なく、ダメな学科は体操・図画。小学校では模型飛行機作りに熱中していました。中学は軍事色、一色。科学だ、理科が好きだというのも軟弱のように感じ、剣道に少し熱をいれましたが、終戦。開墾作業中に岩手の山の中の駅で聞いた終戦の詔勅は、雑音の多いラジオでよく聞き取れませんでした。戦争が終わって「科学で負けた」「これからは科学立国」などの声を聞くとなにか自分の時代が来たように思えました。家の古いラジオをいじっているうちに模型飛行機は電波に飛び移り、授業そっちのけで覚えたラジオの知識は、近くのラジオ屋さんと親しくなり、高校2年(旧制中5年になるとき現制度の高校2年になった)頃から、休みや暇があるとラジオや電蓄やアンプなどの修理や組み立てを手伝い、ラジオ屋の小僧(店員)がアルバイトとなりました。これは大学を卒業するまで続きます。この本で得た知識と興味は雑誌の「無線と実験」や「ラジオ技術」へと引き継がれ、アマチュア無線へと向かい、学校は迷わず電気通信大学へとなりました。でも、ラジオの本ばっかり見ていてよく受かったな、です。私の人生を変えた一冊根本 貞臣 1955年通信経営学科卒電波と電通大に向かわせた「ラジオ技術教科書」発行所:日本放送協会日本放送協会技術局 編著読書の愉しみ特 集

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